システムエンジニア時代の話②

システムエンジニア

システムエンジニア時代の話①の続きです。

もう30年以上も前の話になりなすが、私の新入社員時代、研修の1つに”10年後の自分の絵を描きそれを全員(他の新入社員と先輩社員)の前でプレゼンテーションする”というものがありました。同期の多くはコンピューターの前でプログラミングを行っている姿や設計書を書いている姿、先輩・後輩社員と打ち合わせを行っている姿などを描いていましたが、私が書いた絵は大きな会議室、お客様の前でプレゼンテーションを行っている”私の姿”でした。当時のSEとしては少し変わった方向性だったのかもしれません。そして10年後、私はその絵の通りの仕事をしていました。SE人生を終えようとする今ふりかえってみますと、私のSEとしての仕事は本当に楽しく充実したものでした。いつもお客様の近くいることができ、お客様と一緒に同じ目標に向かってチャレンジすることができたからだと思います。そんな気持ちでこの業界を去ることができるのは「新入社員研修の時に描いた自分」を追いかけ続けたからだと思っています。

***社さんはどう?できないの?

まだ20代後半の頃のある日、上司によばれこう言われました。「A社(スーパーマーケット)さんから難しい話がきている。話を聞いてきてくれ。無理ならその場で断ってもいいから」そんなややこしい話を….と気が重くはありましたがA社様を訪問し会議に参加しました。

会議議題のシステム領域は他社(B社)様の担当領域で当社はその外部システムを担当するサポートベンダーでした。ですので会議の主体はA社様とB社様です。お客様の要望はある業務についての完全自動化の実現でした。パートタイマー・アルバイトの戦力化が目的です。その業務領域の自動化は今ではAIなどの活用によりDX的取り組みとして定常化してきておりますが、当時では前例のない取り組みであり非常に難易度の高いものでした。B社様はやはり難しいとの判断で現状システムの機能強化的な提案で落としどころをさぐられておりました。そんな中「***社さんはどう?***社さんもできないの?」と私に向けた質問が。私は即答で「できます」と回答しました。すぐさまA社部長様から「ほんとうにできるの?」との質問。私の回答は「はい、できます。ですが、*億円はかかると思います」会議室は微妙な空気感になりそれ以上会議は進まず解散となりました。

会議後、私は情報システム部門の課長様に別室によばれ散々に怒られました。当時は(もしかしたら今も)お客様営業部門(現場)の方の、ましてやお客様経営者の前で、SIベンダーがお金の話をするのはタブー的な風潮があったと思います。ですので私の「*億円」発言がA社情シス課長様の逆鱗にふれこのような結果になってしまいました。

部長が話を聞きたいと言っている

その後しばらくはさすが落ち込みました。それなりに反省しつつ毎日を過ごしていましたが、その出来事の数日後A社情シス課長様から電話を頂きました。「部長が**さん(私)の話を聞きたいと言っている」 
すぐにA社様を訪問し部長様と面談、ここから某業務の完全自動化に向けた提案が始まりました。部長様は営業本部の方でとても多忙な方でしたが毎回打ち合わせに参加くださり意見交換・議論を続けました。要件調整を重ね最終的には完全自動化まではかなわないもののAランクBランク商品については90%程度の自動化を実現するというシナリオが完成し最終的な提案を行いました。費用(当社の見積もり)は概ね最初の会議の時に私が発言し逆鱗にふれた金額でしたが、部長様が情熱的に社内稟議を通してくださり無事に受注することができました。

1つひとつ越えていく

この自動化システムの中心となる機能は需要予測でした。お客様が何人来店されどの商品がどれだけ売れるのか?AIがある今の時代ではあまり難しい要件ではないと思いますが、当時はこれを実現するために越えなければならないハードルがいくつもありました。例えばPOSデータのリアルタイム取得…なにせTCP/IP(※少し違いますがイメージ的にはインターネット?Wi-Fi?)のない時代のほぼほぼリアルタイムデータ転送なので技術的にはかなりハードルが高く。これを実装するための技術調査であったりエンジニアのアサインであったり。例えば統計分析ロジックの実装…社内の事例調査から始まり、小売業のデータ分析に精通した研究所(コンサル会社)との打ち合わせ、プロジェクト支援調整など。そんなハードルを越えながら1年半でシステムはサービスイン、お客様の多大なご協力もありシステムは概ね見込み通りのパフォーマンスで稼働、某新聞の記事にもとりあげていただいたほどの成功でした。「A社と***社が共同開発したシステムで在庫を*億円削減」そんな見出しだったと思います。

できる!と言う勇気

この経験がそれ以降の私のSEスタイルの原点になりました。成功体験が自信になり、実績が社内外の信頼につながり、冒頭に書きました仕事のスタイルを確立できたのだと思います。以前若手SEに対して”SEとしての心構え・立ち振る舞い”についての研修講師を行っていたことがあります。その時のテーマは「できる!と言う勇気、できない!と言う勇気」でした。今回はその中の「できる!と言う勇気」の部分について書かせていただきました。ビジネスですので「できる!」と言った以上は責任が生じます。成し遂げなければなりません。なんの勝算もなければ「できる」とは言えないわけですが、それを「リスクをとるとらないレベル」におとしこめるかどうかがSEの資質であり力だと思っています。そのためにSEとして日頃からなにをやるべきか?若手SEにはそんな話をさせて頂きました。

行政書士の仕事

これから行政書士として今まで経験したことがない仕事にチャレンジしていくことになりますが、私はSEの仕事と行政書士の仕事はとても似ていると思っています。「お客様の思いを知りそれを言語化し目的達成のために寄り添い最後まで伴走する」違いはその手段がコンピューターシステムなのか?行政手続きなのか?だけではと思っています。ですので、今後も、システムエンジニア時代のスタイルを大切にし行政書士の仕事にチャレンジしていきたいと思います。